別れの挨拶は大切に

こんにちは。今日は少し悲しいお話です。

 

 

日本を離れ船で生活をしていると親しい人の冠婚葬祭といった人生において大きな出来事に立ち会えないことが多いです。

 

 

 

 

 

僕は船に乗り始めてからのこの約3年のうちに多くの友達が結婚をし、両手だけでは収まりきらないほどの数の友達の結婚式に参加することが出来ませんでした。(呼ばれていたかどうかは別として)

 

 

そして僕としては結婚式よりも大事なお葬式にも参加することが出来ませんでした。

 

 

 

昨年は祖母が亡くなりました。今年の一周忌には参加できるように仕事を調整しようとしたのですがそれも叶わず今年も船の上から祈ることしか出来ません。

 

 

そして先日、母校である神奈川衛生学園専門学校の恩師が亡くなりました。まだ若く、これからの母校を率いて行くであろう方でした。

突然の訃報でした。

 

 

 

こういった内輪の話をブログに書くのはどうなのかという迷いもありますが、とても大切なことだと思うのであえて今日は書き残しておこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

人生とは全て自分の選択によって決まります。

良いことも悪いことも全て今まで自分が行ってきた選択によって起こっていると僕は考えています。

 

 

悪いことをすれば悪いことが自分に返ってくる。

良いことをすれば良いことが自分に返ってくる。

 

これをカルマ(梵・業)と言いますが、今まで自分が行ってきたことが今後の自分に起きることに関係しています。

 

 

 

 

 

全てを得ることは出来ません。

何かを得れば何かを失います。

 

 

それを心得たうえで物事を選択することで、

たとえ何が起こったとしても後悔することなく前へ進むことが出来ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は日本を出て船で働くと決め、その出発日を迎えた時に

「今後親しい人の大事な場面に立ち会えることはまずない。たとえ何が起こったとしても仕事を放棄して日本に帰ることはしない。」

と心に刻みました。

 

 

だからこそ親しい人と会う時はその時間を大切にし、別れる時はこれが一緒に過ごす最後の刻かもしれないという想いを胸に秘めしっかりと挨拶をして別れます。

 

 

 

僕は今年で25歳になりました。まだまだ元気な友が多く、訃報が届くことはほとんどありませんが、いつ何時何が起こるかがわからないのが世の中です。

 

 

 

 

 

日本だけを見ていれば死とは身近なものではないかもしれません。

船の生活でも死を身近に感じることはほぼありません。

 

 

 

 

それでも事実として世界ではたくさんの人の命の灯火が今も消えて行っています。世界では今も戦争が起きています。

 

 

 

日本にもその戦火が絶対に訪れないという保証はありません。

むしろ日本には地震や津波、噴火といった自然災害で命を落とす可能性の方が高いかもしれません。

そうでなくても事故や病気で死ぬ可能性は誰にでもあります。

 

 

全ての人間に等しく訪れるものが死です。

それを忘れずに大切な相手が今も生きていることに日々感謝して生きてください。

 

 

 

ムカつくこともある。

イラつくこともある。

鬱陶しく思うこともある。

自分のことに精一杯で気が回らないことだってある。

 

 

 

だけど、相手と別れるときだけはその時間を大切にしてください。

 

 

喧嘩別れをしてその後相手が死んでしまって仲直りが出来ないことほど悲しく引きずることはありません。

 

 

 

 

もしあの時しっかりと別れの挨拶が出来ていたのならという後悔をしないようにしてください。

 

 

その挨拶は口に出さなくてもいいです。

別れる時に自分の心の中だけでもいいです。

 

 

 

そういった小さな行いが後々大きな救いとなることだってあります。

 

 

 

 

 

僕は明日死ぬかもしれないという危機感を持って毎日生きています。

僕は今日死んでもいいと思うくらい人生を全力で毎日生きています。

 

 

 

 

 

親しい人が亡くなるのはとても悲しいです。

予期せぬ死別ほど深い悲しみに囚われやすいです。

 

 

 

 

 

僕は思います。

 

 

もし自分が死んでこの世を去ったとしても、親しい人たちには悲しみに囚われず自分の人生を笑顔で楽しく生きて欲しいと。

自分の死を悲しんでくれることには感謝するし、自分のことを忘れて欲しくはないけれども前を向いて先の人生を歩んで欲しいと。

 

 

 

 

 

 

恩師に最後に会ったのは、昨年の9月に母校を訪れた時でした。

その後も何度かメールでやり取りをしていました。

 

 

 

とても生徒に愛された先生だったからきっと悲しんでいる人は多いと思います。

 

 

 

最後の出会いが本当に最後になると本気で思っていたわけではないけれど、しっかりと挨拶をして握手をして別れを交わすことが出来たので僕に後悔はありません。

 

 

 

 

先生が人生を振り返ったらどんな人生だったと思うかわかりませんが、

たくさんの人に愛された先生はきっと満足の行く人生を送れたと思います。きっと心残りはあると思いますが、それでも笑顔で天国へ旅立って行かれたことを願っています。

 

 

 

この言葉が届くかわかりませんが、今日という日に先生を想ってこの言葉を残します。

 

「本当にお世話になりました。僕の人生において一番大事な時期に先生に出会えて本当に良かったです。たくさんのことを授業で教えてもらいました。たくさんのことを授業以外の日々の中で教えてもらいました。これから先生と共にやって行きたいと胸に秘めていた事もありました。母校へ行くたびに出迎えてくれて時間をとって足を止めて話をしてくれる先生に感謝しています。もう会って話をする事は出来ませんが、これからの僕の鍼灸師として歩む姿を天国から見守って頂けたらと思います。安らかにお眠りください。慎んで御冥福をお祈り致します。」

 

 

 

 

 

 

 

これを読んでくれた方々へ

 

母校に足を運んでください。

お世話になった人へは定期的に会いに行ってください。

いつ何が起きるかわからない人生だからこそ人と過ごす時間を大切に、

そして別れの刻を大切にしてください。

後悔のない日々を送れるように、

良い人生だったと笑顔で死ねるように今日も生きてください。

悲しみを糧に喜びを糧に常に学び続けて成長して行ってください。

 

 

 

 

 

 

 

あなたが生きる今日は誰かが生きれなかった明日であり、

あなたが生きる今日は誰かが生きたかった明日である。

今日も自分が生きていることに感謝をし、

今日もあなたが生きていることに感謝します。

 

 

 

Mits

 

 

 

母校の卒業式の日に撮った恩師との一枚

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